ソーシャルインパクトボンド Social Impact Bond

イギリス グレーター・ロンドン

競争入札方式で同時に2つのSIBが組成される。既存の行政サービスを活かした路上生活者を支援を行う。

路上生活者の社会復帰支援を目的とした1つのプロジェクトのもと、スキームやサービス提供者の異なる2つのSIBが組成された。競争入札方式でサービス提供者の選抜が行われた点と既存の行政サービスを活かす形で導入された"ナビゲーターモデル"と呼ばれるサービス形式が本件の特徴である。

総期間 2012年11月~2016年11月
目的 路上生活者の社会復帰支援
対象者 継続的な路上生活者831人
投資額 未公表
プロジェクト背景

 路上生活者は社会的に最も弱い立場に置かれている。この事実は国境を越え、イギリスにおいても同様である。イギリス保健省のデータによると、行政に登録されている路上生活者の平均死亡年齢は40〜44歳であり、イギリスにおける平均寿命の3分の2に満たない。自殺率も一般的な数値と比較し35倍と極めて高く、多くの路上生活者は単に路上で生活送っているという事実に加えて、健康問題、ドラッグやアルコール依存、就職難等、同時に複数の問題を抱えている。この事実は路上生活者の社会復帰のために、多方面にわたる支援が必要であるという事を意味し、それはそのまま高額な行政支出に帰結する。現に非営利組織であるソーシャル・ファイナンスの調べによると、本件においてサービス対象となる路上生活者1人に対してかかる行政費用は、1年間で£3,7000(約650万円)にのぼるという。また、イングランド全体の路上生活者の約半数はロンドンに集中しており、その数自体も増加傾向にある。このような状況を受けロンドン市長は、2012年、路上生活者の社会復帰事業に力を入れる事を宣言した。

SIBの参加者とその役割

 本件ではホームレスの社会復帰支援という共通の目的やそのための成果指標、報酬制度を持った1つのプロジェクトの下、サービス提供者やスキームの異なる別々のパートナーシップが形成された。行政はプロジェクトの大枠を決定し、その大枠に沿う形でサービスを提供する事ができる組織を公募した。入札において応募者は、提供サービスの具体的内容の決定、投資家の募集と契約、予算策定を自身で行い行政にプランを提示した。競争入札というかたちでサービス提供者を募集した事により、行政にとってはSIBの組成にかかる手間の削減と、同分野においてより良いサービスを提供できる組織の選定を行うことが出来たと考えられる。

①ロンドン市議会(GLA)とイギリスコミュニティ・地方自治省(DCLG)
SIBの目的やサービス内容の大枠の決定、評価指標の設定、サービス提供者の決定を行った。入札においては、説明会の開催や潜在的な投資家とサービス提供者を引き合わせる場の提供等も行っており、SIBの組成に総合的に関わっている。組成後は進捗や運営上の課題点を話し合うためのミーティングを定期的に開催し管理業務を行った。成果報酬の支払い手でもある。

②ソーシャルファイナンス(Social Finance)とヤングファンデーション(Young Foundation)
ソーシャルファイナンスはイギリスの非営利組織であり、ヤングファンデーションは非営利かつ非政府系シンクタンクである。両者はロンドン市議会の依頼を受けSIBの骨子作成に関するリサーチやコンサルティング業務を行った。両組織が行った具体的な業務内容は以下の通りである。

・ホームレスの地域的分布やホームレス経験期間等の実態調査
・現状存在する支援サービスの使用状況やあらたなサービスへのニーズ調査
・対象者に提供するサービスの大枠の作成と必要な費用の見積もり
・社会的・財務的インパクト評価指標の設計
・サービス提供者の選出方法に関するコンサルティング

③St Mungo
ギリスの慈善団体であり本件におけるサービス提供者の一つ。政府の公募に応じた複数の団体の中から選出された。特別目的事業体を設立する形でSIBを組成しており、契約関連のマネジメント、資金収集や支払いの管理は当該事業体を通して行われた。また、下記の図のように、サービス提供にかかるリスクについては当該事業体と投資家の間でシェアされている。投資家の募集、交渉、契約においては、主にソーシャルファイナンス分野において活動しているトリオドス・バンク(Triods Bank)のサポートを受けながら活動し、機関投資家2人と富裕投資家2人の合計4人の投資家を集めた。投資額や利率は公表されていない。

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④Thames Reach
ロンドンを拠点とする慈善団体。政府の公募に応じた複数の団体の中から選出された。投資家の募集に仲介者をつけていない点、SIBの組成において資金やリスクの受け皿として特別目的事業体を設立していない点がSt Mungoとは異なる。投資家との交渉に困難が難航しためSt Mungoよりも組成に時間がかかった。

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サービス内容

 サービス内容については行政が大枠を決定し、具体的な内容はサービス提供者自身の裁量に委ねられた。言い換えると、サービス提供者は報酬発生条件を満たすために最良の方法を、同分野に置ける自身の今までの経験から導きだし、それを行政が作成した大枠の下で行う必要が有った。行政が設定した大枠は"Navigator Model"と呼ばれるものであり、その特徴は以下の通りである。

  • Navigator Modelは路上生活者の為の新しいサービスではなく、行政による既存の支援サービスへ路上生活者を導くためのものである。
  • サービス提供者は継続的に対象者に接触し、彼らの状況やニーズを理解し、適時適切な行政サービスへと彼らを導く事が求められる。
  • ナビゲーターは一人一人が予算を持っており、雇用先の確保、健康の増進、犯罪の抑制、定住先の発見等の観点からワンストップで対象者の路上生活脱却を支援する。

 例えば、路上生活脱却のために、まず健康状態を整える必要があるとナビゲーターが判断した場合、ナビゲーターは継続的に対象者に接触し、信頼を勝ち得、彼らが享受可能な医療支援プログラムを紹介する。また、定職に就く必要があると判断すれば利用可能な職業支援プログラムを洗い出し、最適なプログラムへ対象者を導いていく。時には彼らとともに医療機関や職業支援サービスを訪れ、現場において対象者のサポートを行う事も想定されている。ナビゲーターの最終目的は路上生活者を住居に定住させる事であり、そのために必要な数々のステップを既存の行政サービスを活用しながら対象者と共に歩んでいくことが求められている。

インパクト評価手法と成功報酬制度

 インパクト評価にあたり以下の5つの指標が設定された。それぞれの指標は単に成果を測定するという目的に加え、サービス提供者の行動をより良い方向に導くという積極的な目的のもと設定されている。また、全4年のプロジェクトの各年、各四半期ごとに達成すべき目標値も定められており、目標を達成した際にどの程度の割合で報酬に反映されるのかも、各指標ごとに予め決められている。

①路上生者人数
プログラム対象となっている831人のうち、路上生活を送っているところが目撃された人数を4半期毎に数える(同一人物が同一四半期に何度目撃されてもカウントは1とする)。その人数をホームレスの情報を蓄積しているデータベースの情報に基づいて算出された、仮想のプログラム対象者831人の4半期毎の路上生活目撃人数と比較しプログラムの成果を測定する。短期の成果指標として設計された。全報酬の25%にあたる額がこの指標の多寡に左右される。

②住居への定住者数
文字通り路上生活をやめ住居に定着した人数を通し成果を測定する。住居への定住はこのプロジェクトの目的の1つであり、さらに対象者の健康や雇用にも良い影響を及ぼす。そのためこの指標はその他5つある指標の中で最も重要とされており、報酬額の40%がこの指標の多寡により決定される。また報酬はまず入居が決まった段階で発生し、その後12ヶ月、18ヶ月と継続的に定住している事が確認されると加算されるよう設計されている。入居や定着の確認は家主からの確認書やデータベースの情報を用いる。

③出国人数
イギリスにおける路上生活をやめて元々の出身国へ戻った人数により成果を測定する。この指標が設定された背景には、ロンドンにいる路上生活者の実に4分の1以上は外国出身者だという事実が有る。指標は出入国記録等より収集され、出国が確認された時点と、6ヶ月以上ロンドンの路上で対象者が発見されなかった時点において合計2回発生する。この指標は全報酬の25%に対応する額に影響する。

④被雇用者数
就業者数の多寡によりプロジェクトの成果を測定する。ここにおける就業とは1週間に8時間以上の労働を13週以上に渡り継続し、かつ有給でそれを行う事を指す。また、このような労働に先立ち、1週間に16時間以上のボランティア活動も評価の対象となる。この指標は報酬の5%に対応する額に影響する。

⑤ A&Eサービス(救急外来サービス)の平均利用回数
対象グループ全体のA&E サービス利用回数を年度ごとに計測し、それを対象者数で割ることにより、年間の一人当たりの平均利用回数を導きだす。そしてそれを平均的な利用回数と比較することによりプロジェクトの成果を測定する。データによると路上生活者は一般的な生活を送る人の5倍A&E サービスを利用しており、本プロジェクト対象者は平均1年に3.3回サービスを利用しているという。この指標は報酬の5%に対応する。

それぞれの指標の達成度合いに対する具体的な報酬額は、公表されている資料からは読み取る事が出来ない。しかし組成や運営費用を含み£5Mを上限に行政からサービス提供者に支払いが行われる予定であるという。

プロジェクトの成果

 プロジェクトは2012年11月より4年間に渡り行われる予定であり現在も進行中である。2014年9月に公表されたレポートでは、上述の5つの成果指標ごとに初年度の達成度が公表された。それによると、初年度において、年次ごとに定められた目標を超える事が出来たのは「住居への定住者数」と「有給の雇用者数」だけであり、その他全ての指標については目標値を下回る結果となった。さらに、初年度終了後サービス提供者に行ったインタビューでは、成果指標に対する疑問や成果の達成を証明する事が一部の指標において困難であるという指摘、また達成目標が高すぎると言った声等、今後の運営に対する課題の声が上がった。ただ、一方で具体的な達成目標や評価指標の下で活動したからこそ得られる"気付き"も多くレポートされている。プロジェクトは一年目の活動から得られた学びを活かしつつ今後も続けられる。

参考リンク

http://data.gov.uk/sib_knowledge_box/greater-london-authority-homeless-people

http://www.economist.com/news/finance-and-economics/21572231-new-way-financing-public-services-gains-momentum-commerce-and-conscience

http://www.charity-works.co.uk/wp-content/uploads/2014/03/Rough-Sleeping-SIB-Report-redacted.pdf

執筆者 中島悠生