ソーシャルインパクトボンド Social Impact Bond

オーストラリア・ニューサウスウェールズ州

親子関係を改善し、家庭外保護サービスを利用する児童の家庭復帰を目指す。オーストラリア初のSIB。

本件は家庭外保護サービスを利用している子供とその親を対象に、親子関係の改善をサポートする事により、子供を無事に家庭に返すことを目的としている。幅広い層の投資家から資金を集めている点や早期償還条項がある点、年次報告が公表されている点など、金融商品としての性質が比較的強いのが特徴である。

総期間 2013年7月~2020年7月
目的 親子関係改善・家庭外保護サービス利用児童の家庭復帰
対象者 家庭外保護サービスを少なくとも3か月以上利用している5歳以下の子供を持つ家庭700世帯
投資額 $7M(約6億9000万円)
プロジェクト背景

 プロジェクトの背景には、家庭外保護を必要とする児童の精神的負担に対する課題意識と将来的に発生可能性のある社会的コストを削減したいという狙いが有った。子供にとって親からの分離は大きなストレスであり、その後の人生を変えてしまうほどの影響を持っている。家庭を離れ施設や里親制度を利用する子供の多くは友人やコミュニティとの繋がりの消失、学校生活の混乱、家庭崩壊から来る精神的なトラウマなど多くのストレスを経験する。様々な調査研究が指摘するところでは、これらのストレスは、低い高等教育進学率や成長後の就職率、高い10代での妊娠率や少年犯罪への関与率等、多くの社会的課題の遠因になるという。SIB発足当時、同州では18,000人以上の子供が親元から離れた場所で生活しており、親子関係崩壊の危機にある家庭をサポートし子供を家庭に帰す事は、子供たちの精神的負担を軽減するという観点から、また、将来発生する可能性のある社会的課題やその解決にかかるコストを予防するという観点から必要なことであった。加えて、州政府がこの課題の解決にあたりSIBを利用した理由については以下の内容が公表されている。

  • SIBスキームを通し行政支出を行う事により「何を行ったか」よりも「どのような成果が出たか」に焦点を当てることが出来るから。
  • 問題発生後に行う対処的処置よりも、その問題の発生自体を食い止めるための早期予防処置の方が、より多くの資源を利用することができるから。
  • 成果報酬制度の導入により、サービス提供者はより柔軟に、プログラム対象者のニーズにそったサービスを提供する事が許されるから。
  • SIBの実施に必要なデータ収集技術の向上は、他の社会的分野のシステム革新を助長するから。
  • 達成された成果に対し支払うという仕組みは、政府の財政支出がいつどのような成果を出したのかという点に透明性を与えるから。
SIBの参加者とその役割

本件の主な参加者はニューサウスウェールズ州政府、ソーシャル・ヴェンチャー・オーストラリア、ユニティング・ケアー・バーンサイドであり、それぞれがプロジェクトにおいて果たした役割は以下の通りである。

  1. ニューサウスウェールズ州政府
    発起人であり成功報酬の支払い手である。SIB組成においては、サービス提供者を募集し、ユニティング・ケアー・バーンサイドと直接契約を結んだ。他のSIBと異なり、プログラムの初期費用も一部政府が負担することにより投資家の元本保全率を高め、投資を呼び込みやすくした。

  2. ソーシャル・ヴェンチャー・オーストラリア (Social Ventures Australia)
    オーストラリアのソーシャルファイナンス分野にて実績のある非営利組織。本件ではフィナンシャルアドバイザーとしてSIB組成支援や投資家からのファンドレイジングを担当した。同組織は投資家からの資金の受け皿として、特別目的事業体である"Newpin SBB Trust"の設立を行い、総勢59の機関投資家や基金から合計$7Mを集めた。サービス提供者であるユニティング・ケアー・バーンサイドへの資金提供や投資家へ支払うための報酬もこの事業体を通して行われた。また同組織は、目論見書やアニュアルレポート作成等、行政と協力し情報公開の起点としても大きな役割を果たした。

  3. ユニティング・ケアー・バーンサイド(Uniting Care Burnside)
    西シドニー地域にてNewpinプログラムを12年以上提供し続けている地域団体。本件ではサービス提供者として崩壊の危機に瀕する家庭にNewpinプログラムを提供した。同組織はSIB組成当時、西シドニー地域に4つ支援センターを持っていたが、SIBによる成果測定とそのフィードバックを受け、そのうち1つを閉鎖し別の施設と統合した。この決定により同組織はより効率よく、プログラム提供を行う事が出来るようになったが、それは成果に焦点を当てる新しい環境が同組織に自身の提供しているサービスを見つめ直す機会とそのために必要な情報を提供したからであった。

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サービス内容

 ユニティング・ケアー・バーンサイドにより提供された"Newpin"プログラムとはNew Parent and Infant Network の略語であり、育児放棄や児童虐待等を解決するためにイギリスにて生み出された実証的なカウンセリングプログラムである。本件においては行政が運営する育児保護関連サービスを少なくとも3ヶ月間利用している5歳以下の子供を持つ家庭、700世帯を対象にプログラムが提供された。具体的には以下の4つの構成要素から成り立っている。

  1. ペアレンティングモデュール(Parenting Module)
    育児放棄や虐待に陥らないようにするための理論や育児に関する知識の習得を目的とした教育プログラム。親を対象として行われた。
  2. セラピック・グループ・ミーティング(Therapeutic Group Meetings)
    自身が親と過ごした幼少期の経験を思い出し、そこでの経験が現在の自分の育児にどのような影響を与えているかを話し合うグループセラピー。親を対象とし毎週開催されている。
  3. チャイルド・デヴェロップメント・アクティビティ(Child Development Activities)
    子供の社会的スキル、感情的スキル、言語やコミュニケーションスキルの向上を目的とした、構造化・非構造化されたプレイセッション。児童を対象として行われた。
  4. サポーティブ・エンバイロメント(Supportive Environment)
    自分自身も過去にNEWPINプログラムを受けた事のある人によるメンターやサポート環境。親と児童両方を対象とする。
インパクト評価手法と成功報酬制度

 本件のインパクト評価は他の児童保護や家庭関連分野のSIBと同様に比較的シンプルである。具体的にはプロジェクト対象児童の「家庭への復帰率」と家庭外保護制度を利用する平均的な児童のそれとを比較する事により成果が測定された。また、家庭復帰率等の評価は独立した第三者機関であるデロイト・トゥッシュ・トーマツが行い、最終的な家庭復帰の判断は裁判所が行った。報酬額はプログラム対象者の家庭復帰率のみにより算出され、成果に合わせ利率の決定、利息の支払いが年次で行われた。利率決定に用いられた数式と復帰率ごとの報酬額は以下の表の通りである。

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 上記のように家庭復帰率が56%以上の場合においてのみ投資家へのリターンが発生し、復帰率がそれを下回るとターンは発生しない。また復帰率が55%未満になると元本の保証率が減少し、万が一復帰率が45%を下回った場合債券の早期償還が行われプロジェクトはその時点で終了となる。因に債券の早期償還は、家庭復帰率の低さによっても引き起こされるが、それ以外にもサービス提供者によるローン契約違反や自然災害等の要因によっても引き起こされる。元本についてはパフォーマンスの低さにより引き起こされた場合を除くほとんどのケースにおいて100%保証されている。

プロジェクトの成果

 プロジェクトは2013年7月より7年間に渡り行われる予定で現在も進行中である。2014年7月に公表されたアニュアルレポートによると現在まで136世帯、228人の子供達に対しプログラム提供が行われており、家庭復帰率60%、合計$655,890の利息の支払いを実現させている。ニューサウスウェールズ州の家庭外児童保護にかかる行政費用は子供1人当たりにつき最低で$37,000、最高で$250,000と見積もられており、仮にプロジェクトが75%の復帰率を達成したとすると、2030年までに合計$80Mの行政支出削減が実現される予定である。

参考リンク

http://socialventures.com.au/assets/Newpin_SIB.pdf
http://www.dpc.nsw.gov.au/__data/assets/pdf_file/0009/168336/Newpin_Information_Memorandum.pdf
http://socialventures.com.au/assets/Newpin_SBB_Investor_Report_2014.pdf
http://data.gov.uk/sib_knowledge_box/new-south-wales-government-children-out-home-care

執筆者 中島悠生