ソーシャルインパクトボンド Social Impact Bond

アメリカ・ニューヨーク州

世界最大規模の投資額を持つSIB。アメリカにおいて初の州主導のもと、再犯防止と受刑者の社会復帰を目指す。

当該SIBは再犯率の抑制と元受刑者の社会復帰支援という目的のもと、ニューヨーク州政府、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ、ソーシャルファイナンス、センター・フォー・エンプロイメント・オポチュニティーを主なステークホルダーとして組成された。アメリカにおいて初の州主導のSIBにして、総投資額$13.5Mと公表された2013年当時、世界最大規模のものであった。

総期間 2013年12月~2019年6月
目的 元受刑者の社会復帰支援
対象者 再犯可能性が高い元受刑者2000人
投資額 $13.5M(約16億円)
プロジェクト背景

 プロジェクトの背景には再犯率の高さと、それに伴い増加した行政コストがあった。2013年当時ニューヨーク州では年間2万3000人以上の受刑者が釈放され、そのうちの40%以上が3年以内に再び投獄されていた。これに伴い、犯罪者逮捕や刑務所運営に関する費用は過去20年劇的に増加し、低所得者向けの医療費補助についで州内2番目の支出成長率を示すまでになっていた(因にニューヨーク州2013年度の逮捕、治安維持関連予算は$3.1B(約3658億円)であった)。また、このような可視的なコストに加え、被害者に対する精神的負担や長期的観点からの労働人口の減少は同州にとって解決すべき課題の一つであった。これらの課題を解決するためニューヨーク州政府は非営利組織であるSocial Financeと共にリサーチを行い、高い再犯率の背後に元受刑者が社会復帰の過程でぶつかる様々な困難がある事をつきとめた。そして、それらの中で最も重要である労働市場参入への困難を緩和すべく当該SIBを組成した。すなわち、元受刑者の就業を支援し円滑な社会復帰を促すことにより再犯率を下げ、結果的に再犯に伴う関連行政コストを削減するという狙いがプロジェクトの背後にはあった。

SIBの参加者とその役割

 当SIBは行政、民間企業、NPO、その他専門機関等の様々なステークホルダーから構成されている。その中でも、主要な役割を担ったのが、プロジェクトの発起人であるニューヨーク州政府、中間支援組織であるソーシャルファイナンス(Social Finance)、最終的なサービス提供者であるセンター・フォー・エンプロイメント・オポチュニティー(The Center for Employment Opportunities、以降CEO)投資の調達者である民間銀行のバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチであった。各参加者の役割は以下の通りである。

  1. ニューヨーク州政府
    プロジェクトの主導者。プロジェクトデザインを行うと同時に、広報活動を通じてSIBに関する市民の理解を取り付ける。組成後は社会的インパクトの測定や報酬の支払いも担当している(成果測定は、ニューヨーク州政府関連機関が測定した後に独立機関により監査を受ける)。本件において最も重要な役割を果たした。
  2. ソーシャルファイナンス(Social Finance)
    フィージビリティスタディ、成果指標の選定、報酬制度の設計等のプロジェクトデザインに関わるコンサルティング業務を主に行う。また最終的なサービス提供者やその他の専門機関と政府をつなぐ仲介業務も行った。SIB組成後は業務管理も担当しており、ニューヨーク州政府と同じく重要な役割を果たした。
  3. センター・フォー・エンプロイメント・オポチュニティー(The Center for Employment Opportunities)
    元受刑者の就業支援プログラムに定評のある非営利組織であり、本件における実質的なサービス提供者。プログラムは⑴ライフスキル研修、⑵日払い期間雇用の提供、⑶本格的な仕事を見つけるための求職支援サービス、⑷就業後のカウンセリングサービスの4つの要素から構成される。元受刑者は⑴ライフスキル研修において、各人に合わせテイラーメードされたロールプレイングベースのカリキュラムにより、職場において必要とされる基礎的な振る舞い方を学ぶ。そして、そこで学んだスキルを⑵期間雇用プログラムにおいて、給料をもらいながら実践し、自身の働きに対してオンタイムなフィードバックを受ける。その後⑶求職支援サービスを通し、レジュメの書き方や面接対策を行い正規雇用先の獲得を目指す。無事に雇用先が見つかった後もCEOは継続的に⑷職場で生じた問題に対するカウンセリングサービスや長期的視点からのキャリアアドバイス等、元受刑者の継続的な就業をサポートするプログラムを提供する。本件においてCEOは上記のプログラムを約3年にわたり2000人の再犯可能性が高い個人に提供した。
  4. バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ(Bank of America Merrill Lynch)
    CEOの活動資金やSIB運用にかかる資金の多くを調達した。具体的には$13.5M(約16億円)の資金を自身の顧客である機関投資家や富裕層投資家から調達し、そのうちの10%にあたる$1.32Mについてはロックフェラー財団から寄付をとりつけ元本保証を行った。バンク・オブ・アメリカのような民間のメガバンクがSIBの資金調達役を努めるのは世界を通じて初の試みでもあった。
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インパクト評価手法と成功報酬制度

 以下に示す3つの指標がインパクト評価にあたり設定された。それぞれの指標は州政府の関連機関により測定され独立した第三者機関による監査を受けた後に、投資家に支払われる報酬額に反映された。

  1. 就業率
    CEOにより提供されるプログラムの対象者から構成されるグループ(対象グループ)と無作為に抽出された元受刑者から構成されるグループ(サンプルグループ)間で釈放から一定期間経過後の就業率を比較した。報酬については対象グループ全体の就業率がサンプルグループ全体のそれよりも5%以上高かった場合に発生するよう設計され、実際の支払額についてはあらかじめ定められたレート(Price per Outcome)を両グループの就業率の差とグループ内の人数に乗じる事で算出された。
  2. 再犯減少率
    5年間のうちに再投獄され刑務所内で過ごした日数がグループ内の全対象者ごとに集計され、それを加重平均したグループの平均値同士を比較する事により成果が測定された。報酬は対象グループのその値が、サンプルグループのそれより36.8日少ない場合から発生し、具体的な額は両グループの投獄日数の差にあらかじめ設定されたレートとグループ内人数を乗じる事により算出された。
  3. 期間雇用プログラムへの参加人数
    CEOが提供する期間雇用プログラムへの参加自体が社会への価値提供となるため、プログラム参加時間(労働時間)または、プログラム参加人数にあらかじめ設定されたレートを掛け合わせる事により、社会的影響と投資家への報酬額の両方が算出された。

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プロジェクトの成果

 プロジェクトの最終的な成果はまだ出ていないが、仮に上記表で示した閾値を達成したと仮定すると、政府による支出削減効果は$7.8M(約9億円)に及ぶと予想される。また、就業率が5%上昇し、再犯率が20%減少し、さらに雇用プログラムに700人の参加者が出たと過程すると、削減費用の合計は$21.2M(約25億円)にも及ぶ。ニューヨーク州政府の試算によると、そのうちの$1.1Mは連邦支出から、$20Mは州支出やその他の地域支出から削減される。またこの場合投資家にはそれらの削減された費用の中から、$17.6M(約20億円)が支払われる予定である。

参考リンク

http://www.socialfinanceus.org/sites/socialfinanceus.org/files/Detailed%20Summary%20of%20NYS%20PFS%20Project.pdf
http://www.socialfinanceus.org/sites/socialfinanceus.org/files/Fact%20Sheet%20for%20NYS%20PFS%20Project.pdf
http://data.gov.uk/sib_knowledge_box/new-york-state-reducing-reoffending
http://ceoworks.org

執筆者:中島悠生