ソーシャルインパクトボンド Social Impact Bond

カナダ・サスカチュワン州

カナダ初のSIB。育児教育や生活支援を行うことにより、子供を手放すシングルマザーを減らすことを目指す。

当SIBはシングルマザーの生活力や育児スキルを高め、子供を手放すシングルマザーの数を減らすことにより、将来発生する児童保護や里親制度運用にかかるコストを削減することを目的としている。地元信用組合と実業家が行った$1Mの投資を受け組成され、比較的小規模であるがカナダにおいて初のSIBである。

総期間 2014年6月~2019年
目的 シングルマザー育児支援
対象 子供を手放す危機に瀕するシングルマザー22人
投資額 $1M(約1億円)
プロジェクトの成果

プロジェクトの背景には母子家庭が置かれた社会経済的状況に対する課題意識と家庭外児童保護制度にかかる行政コストを削減したいという狙いが有った。カナダ統計局のデータによると、カナダにおける母子家庭の平均世帯収入は、その他の家族形態に比較し、1976年から2008年までのあいだ一貫して最低レベルであり、共働きで子供のいる世帯の収入の半分に満たない。また片親世帯の数も、1961年当時は全人口の8.1%であったものが2011年においては16.3%(そのうちの8割が母子家庭)と約2倍に増加しており、中には経済的理由により、やむなく子供を手放すケースも存在する。プロジェクトの「究極的な目的は家庭を一つにつなぎ止めておく事にある」という州政府の発表からもわかるように、本件の背景には様々な理由から子供を手放さなければならなくなったシングルマザーが置かれた社会的状況にたいする課題意識があった。

またプロジェクトの財務的背景には、発生した課題に対処するための費用より、課題が発生する事自体を食い止める予防的処置にかかる費用の方が安く収まるという事実が有った。児童保護施設や里親制度の運用にかかるコストは、一度発生すると対象者が社会的に自立するまで継続的に発生しつづけるコストであり、その額は思いがけず大きくなる。それに比較し制度の対象となる児童の発生自体を食い止めるための費用は比較的安価である。州政府がSIB実施に踏み切った理由の一つにはこの事実が有り、さらに成果が出た場合のみ投資家への支払いが発生するという、SIBのスキーム内で予防的措置を講じる事に魅力を見いだしたからであった。

SIBの参加者とその役割

当該SIBのステークホルダーはサスカチュワン州政府、非営利組織であるEGADZ、サスカチュワン州最大の信用組合であるConexus Credit Union、地元実業家であるWally and Colleen Mah夫妻である。

  1. サスカチュワン政府
    プロジェクトの発起人であり、同時に成果報酬の支払人を努める。本件は他のSIBと異なり組成をサポートする仲介者が介入していないため政府自体がリダーシップをとり組成を行ったものと推察される(詳細は公表されている資料からは読み取れない)。
  2. EGADZ
    地域の若者やその親を対象に多くのプログラム提供実績のあるチャリティー団体。本件においては最終的なサービス提供者を努める。同組織はサスカチュワンの都市部に通称"スイート・ドリーム"と呼ばれる2階建てのコミュニティホームを建設し、プログラム対象者とその子供に無償で住居を提供した。プログラム対象者はそれぞれの情況に応じ、最短で2ヶ月、最長で2年間の入居を許可されており、そこにおいて育児スキルや職業スキルの習得を目的とした授業、またはワークショップに参加した。スイート・ドリームは最大で大人11人、子供15人が入居できるよう設計されており、同じ境遇にたたされたもの同士の交流の場としても機能していた。
  3. Conexus Credit UnionとWally and Colleen Mah夫妻
    Conexus Credit Unionはサスカチュワン州最大の信用組合であり、Wally and Colleen Mah夫妻は地元の実業家である。両者は$500,000ずつ合計$1Mをプロジェクトに投資した。また公表されている資料によるとプログラム自体は、カナダ政府から$320,000、サスカチュワン市から$140,000、その他の寄付者から$75,000をリターンのいらないプロジェクト資金として"寄付"されている。これらの合計$1.5M程度の資金でプロジェクトの初期費用から2019年までの運用コストがカバーされており、ここからも他のSIBに比較し本件が小規模なものであったことが読みとれる。
インパクト評価手法と成功報酬制度

当該SIBは社会的インパクトの測定にあたり「もし対象者がプログラムに参加していなければ、その家庭の子供は必ず児童保護関連の行政サービスを利用する」という前提を置いている。そしてそれを踏まえプログラムの成果は「プログラム終了後6ヶ月以内に施設に入れられた子供の人数」で測定した。上述の前提が成り立つのは、そもそもプログラム対象者を決める段階で家庭崩壊のリスクが最も高い母子を選んでいるからである。また、報酬制度はプログラム終了後6ヶ月以内に施設に入れられた子供の人数により支払い額が変動する成果報酬をとっている。具体的にはプログラム対象であるシングルマザーの子供22人中、上述の条件に該当する子供が6人未満の場合に報酬が発生し、それ以降人数の減少に応じ報酬が上がっていく。

前提条件 対象者がプログラムに参加しなければ、その子供は必ず児童保護サービスを利用する
成果指標 プログラム終了後6ヶ月以内に児童保護サービスを利用した子供の人数
報酬発生条件 上記人数が6人未満
プロジェクトの成果

本件は2014年に開始され、現在もプログラムが進行中である。公表されている資料によると2015年4月現在、合計で14人のシングルマザーと20人の子供たちがスイート・ドリームに参加しており、今日まで以下の成果がでている。

  • 滞在している14人の母親全員が教育プログラムに参加した。
  • そのうち2人が早期育児教育プログラムを完了し、3人はデイケアセンターにて定職を得る。また1人はスイート・ドリームにて学習アシスタントとして働いている。
  • 4人はそれぞれ独立した生活に戻ることができた。
  • 母親6人とその子供6人はまだスイート・ドリームに滞在している。

また財務的な成果としては、プロジェクト終了までの5年間で、$540,000から$1.5Mの行政支出の削減が見込まれている。しかし、見積もりには単に児童保護分野における行政支出しか考慮されておらず、例えば医療分野や犯罪、将来的な社会への労働力の提供などによる社会的利益(コスト削減)は計算に含められていない。そのためそれらの潜在的な利益まで見積もりに含めるのであれば、上記の数字を超えた金額になる事が予想される。

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出典:Eagle Feather Newsスイートドリームホーム
参考リンク

http://www.saskatchewan.ca/government/news-and-media/2015/april/01/social-impact-bonds
http://www.saskatchewan.ca/government/news-and-media/2014/may/12/social-impact-bond
http://www.statcan.gc.ca/pub/89-503-x/2010001/article/11388-eng.pdf
http://news.nationalpost.com/news/canada/social-bond-saskatchewan-tries-new-way-to-finance-single-mothers-in-need
http://socialventures.com.au/case-studies/sweet-dreams-sib/